健康第一

備忘録。ほぼ日記。

難儀なオタクと同担拒否

日記です。

 

 

同担拒否、という言葉があります。

 元々はアイドルファン界隈の用語「担当」から派生したものだそうで、同じ人を好きな人と交流したくない人のことを指すようです。

 

こういう話を切り出すのだからバレちゃあいると思うんですが、私はどちらかと言うと同担拒否の部類に入ります。

 しかし元の性格がかなり厭世家というかひねくれているというか、常々家族と友人以外は全員消えてほしい〜と思っているので、恐らく同担拒否ではなく単純に他人が嫌いなのでしょう。おわり。

 

自分がどうしてここまでひねくれてしまったのかというルーツを辿っていくと、とある文化に行き着くのですが、あまり言いたくないのでかなりぼかしてお話しようと思います。

 

もうずいぶん前になります。今の所謂“担当”に出会うよりずっと前……私が属していた界隈は、それはもう閉鎖的で民度の低い地獄のような場所でした。

 さすがに言いすぎかな?まあそう思ってない人も多少いたと思いますが、少なくとも私が懇意にしていた人達はほぼ全員自分たちの趣味嗜好に自虐的でした。私も含めてですね。

 グレーゾーンのギリギリを攻めるまっくろくろすけとしてそのジャンルを楽しむ人間たちには、必ず守らねばならない暗黙のルールがごまんとありました。そしてそれを破った者は(それが無知であろうと)酷いバッシングを受けます。オタクたちの学級会が日夜開催され、それを見かけた同じ穴のムジナが鍵アカウントでゲラゲラ笑う……まあそんな感じです。どう?心当たりある人います?

 

ちょっと個性的なだけで晒され、鍵アカウントで呟いたツイートが表で学級会のネタにされる地獄の界隈で生き残る為には、とにかく排他的且つ鎖国的になる必要がありました。かなり色々なルールがあったのですが、長くなるしそろそろ怒られそうなのでやめますね。

 

そんな訳で「ある程度心を許した人間」だけで内輪的な活動を年単位で続けると、人はまず『アカウントの鍵を外すこと』が怖くなります。そして『見知らぬ人間にコンタクトをとる』ことが出来なくなります。

 小学校は人数が少なくてずっと1クラスだったのに、中学は屈指のマンモス校に進学した為周りには知らない人ばかり。友達の作り方なんてとうに忘れてしまったし何を言えばいいのやら。知らない人に囲まれてるだけで怖くて堪らない……まあ大体こんな感じです。

 

こうなるともう能動的に他人と関わることができなくなるので、その界隈から足を洗った(犯罪者なのか私は?)今でも鍵のないアカウントを作るとめちゃくちゃ怖くなる乃至イライラする、又は全てが億劫になるなどの諸症状が出て、最終的に唐突にアカウントを消します。

 まあ私のこれは極端な例かもしれませんし、イライラするのは単純にホルモンバランスではという声も多いかな?どうかな?

 

私がもし何かとんでもない企画に参加させられて何故か教職員になることがあれば、全校集会では毎回「SNSはやめろ」と演説する名物教師になっている筈です。そのくらい偏ったSNSの使い方をしていました。(この流れ、し〇じり先生っぽいな……)

 この経験は元々面倒くさい性格だったこともあり、私の他人への評価基準が気持ち悪い方向にねじれていく大きな転換点となります。つまり、

 

自分と同じジャンルが好きな他人が信用できない

 

のです。もう終わりだ…………。

 

これは全てに当てはまる訳ではなく、例えば「俺マックのポテトはカリカリのちっちゃい奴が好きなんだよな」と言われても「わかる〜」で済みます。これは私が“マックのポテトにあるカリカリのちっちゃい奴”にオタク的な長文解釈をしていないからです。

 つまりオタク的な長文解釈をしているものに対して「俺も好きなんだよな(ライトなオタク)」と言われると「黙れ!!!!!!!!!どつき回すぞ…………(ヘビーなオタク)」となってしまう訳です。こえ〜〜。

 

唐突ですが問題です。引きこもりは部屋にこもって一体何をしていると思いますか?

 

正解は反芻です。とにかく繰り返し繰り返し自問します。そして新たな刺激を受けることのない退屈な人間の脳は必ず同じ答えを導くのです。

 

これが先程までの話とどう関係しているかというと、私は鍵アカウントにこもり、ひたすら反芻をしていました。好きなコンテンツ、所謂推しの人となり、こうなればああなる、そうなるとどうなる……コンテンツから滲む推しの内面を抽出しては、この人間はこの問題にこの解を出すと逐一記録していきます(なんだかAIの自己学習みたいですね)。

 そうして自分の中に推しとそっくりのコピーを作ると、そのコピーを使って自分なりの解釈を突き詰めていきます。この時点で必要なものは純度の高い推しの情報(*)と、気色悪いオタクの脳みそ一つだけです。つまり他者の介入を一切許さなくなるのです。あ、大変!もう他人が必要なくなってる!

 

(*これが三次元の人間だと「そうは言っても表に出してるのはキャラで本当は違うかもしれないぞ」というツッコミが入るかもしれませんが、こういうコンテンツで自分を発信する人間は程度の差はあれどキャラクターと本来の人間性を切り離して活動しているので、キャラクターを抽出できればいいオタクにとってはそれが正解になります。とはいえ人間はそこまで器用ではないので大抵本来のソレが滲むと思います。Vの人とかそうじゃないですか?知らんけど)

 

この考え方は今の私のオタク回路の基盤になっていて、新たに魅力的な人間に出会うとまず公式の情報を取り込み、自己解釈を深めるというやり方をしています。そして(恐らく)公式に近いコピー人間が私の中に誕生します。

 推しの言動は基本的に公式を経由している為、明らかにギャグテイストだったり突飛なシチュエーションにぶち込まない限りはそこまで酷いことにはならないのです。天才発明家だ!

 

こうなるともう他人の解釈が憎いとかそんなレベルじゃなくなっていて、何故そんなことになるのかと言うと、解釈は人によって多かれ少なかれ異なるからです。

 そして厄介なのが万人の解釈に対して「私の解釈は公式に寄っているから私の解釈の方が正しいのでは?」という思考回路になっているという点です。どんなマウント?

 

だから人の二次創作を見て「公式でこう言ってたと思うんだけどこの創作は矛盾してない?人を理解する気力もない癖に何を一丁前に二次創作なんかしてんだ」と鍵アカウントで(スゴく大事)怒り心頭!!火山噴火!!爆速ブロック!!!おばあちゃんおちついて。

 「じゃあ見なきゃいいじゃん」は地獄界隈で耳にタコどころかイカができるほど聞いたので基本的には他人のツイート、いいね、トレンド等見ないようにしていますが……ほんと思わぬ所から同ジャンルのオタクって出てくるものなんだよね。ゴキブリかしら……?

 

ブロックするにも一度「嫌悪感を覚えるツイートを見る」→「プロフィールに飛んでbioを見て更に嫌悪感を煽られる」→「スパムブロック*」と自衛のために二度身を切らねばならないのが辛くて仕方ないのです。やはり籠城だけでは身を守れないのか……。

(*嫌いな人間のアカウントを一々「差別的な発言をしている(推しが見せた一面を無視した発言をするなんて推しや各関係者に対する差別や軽視では?の意)」だとか、あまつさえ「アカウントが乗っ取られている(こんな発言できる奴が正常なわけない!もしかして頭のおかしい人に乗っ取られているんじゃ……の意)」という項目で報告するのはやめましょう。やめたい……)

 

ひとつのアカウントで1000個のアカウントをブロックしたのも今ではいい冥土の土産です。今はもうちょっと増えてます。

 

そんな訳で凄まじく拗らせてしまった私は、遂に人のツイートを見るだけでイライラする若年性更年期ヒューマンになってしまったのでした。とっぴんぱらりのぷぅ。

 

では最後に。

 

同担拒否にはいろんな種類がありますし、そもそも同担にも様々います。十人十色とはよく言ったもので、まるっきり同じスタンスを取るオタクばかりではないでしょう。金子みすゞさんは真理を突いています。聡明!

 

推しに夢を見る同担はイヤとか、言動や行動が迷惑で同担として恥ずかしいからムリとか、単純に自分の中では自分が一番担当を推してるから知らん人間の一言で壊されたくない(優劣をつけられたくない)とか、理由はたくさんあると思います。にんげんだもの。と、せんだみつおさんも言ってるんだなあ。

 

だからこそ、他人を攻撃する時は決してその刃が届かない所で素振りするよう心掛けねばなりません。同担拒否は心が狭いからダメ、同担がいなかったら担当は活動できないのにバカ言うな、なんてのは同担拒否してる人間が一番分かっています。そして大抵は心を痛めています。

 

誰が被害者とか加害者とか、そんなことはどうでもいいのです。大体他人への悪口というのは自己のストレス発散か、仲間意識の活性化の為に口にするのであって、野生動物でもない限りいちいち仲間はずれを作って群れから追い出したり攻撃する必要はないのです。と思います。私は!(保険の張り方がセコい!)

 

悪を排するために悪になるくらいなら、距離をとって米粒くらいになった相手を遠近法を使ってデコピンしてやるくらいが丁度いいです。時代はエコです、省エネです。今も地球温暖化が進んでいるのは、私たちの怒りでオゾン層が破壊されているからなのかもしれませんよ。

 

ま、そんな与太話は置いておくにしても、嫌いなら嫌いでいいし、楽しいなら楽しいでいいと思います。こればっかりは性質なので、受け入れられることもあれば、受け入れられないこともある……というのがたかだか十年ぽっちSNSに触れてきたぺーぺーの現時点での結論です。

 

ちなみにTwitterは厳密にはSNSではないそうです。あっそ……。

 

 

 

 

(余談)

今は地獄出身の友人たちと鍵アカウントで各々好きな物について話すだけ、というお気楽なTLを作っていますが、とても心地よいです。

 皆「相手の好きな物は相手ほど詳しくないけど、あれだけ楽しげに話すんだからいいモノなんだろうな」というスタンスで適度に口を挟みつつも温かく見守り合っています。雛鳥を育てる鳥たちの集いのような朗らかさですね。

 あと悪口は大体ここで勝手に言い散らして終わるのですが、この前友人が「死にたいって言ったら死ぬなって言う奴が一番面倒臭い」と愚痴り出したので、集まった人間で「死ぬ前に私の担当の曲聞いて」「お前が嫌いな奴ブロックしてる所を見るのが一番楽しい」と励ましの言葉を送りました。ここのTLは対戦FPSでもやっているのか?と思うほど生死に関する言葉で溢れています。死後警察にこのアカウントを覗かれたら何かしら事件を起こしているのではないかと過去を洗われてしまうかもしれませんが、一応無罪です。

 

 

 

 

〈おわり〉